タチコマ・アパシー

雑記。思ったことだけです

SHESAID

就業制限が外れた。
これで晴れて俺は病人からパンピーへ元通りだ。と思っていたが、こういうことは連絡が来るだろうと思って待っているが、何もない。まだ一日なので今日に懸ける。
というわけで、長かった休職期間ももうすぐ終わりそうなので、できそうな時間のかかる作業を今のうちに経験しておこうと思い、始めて動画編集をした。
それがこれだ。


曲自体は昔、打ち込みで作った初めてのボーカロイド曲。
イントロから鳴らしているコードのループが自分好みで、なかなか気に入っている。
自分で作ったものだから当然といえば当然であるが、世に出すのはいつもだが自信がない。自分の分身みたいなものだからそれもまた当然といえば当然である。まぁもしよかったら聞いてみてください。

色々考えたんだけど、自分の中のタイムリミット的なものが一つあって、それがわりといつまでもというわけには行かないことが明確にわかっていることが音楽で、やめるというのもちょっと違うけれど、正確に言えば東京に居ることは本気で肌に合わないと思っているので、要するにバンドとして何かアクションを起こせるのは今のうちだけかもしれないなぁ、なんて思ってたりする。意外とできちゃうのかもしれないけど、ある程度終わりを見据えてないと。いつまでもダラダラと続けるのも、まあロックっちゃロックなのかもしれないけど…

俺たぶんこの曲書いたくらいの時はまだぜんぜん死にたくて、それでいてほんと何もかもどうでもよくなりかけてた。ある意味振り切れてたけど。
まぁそういう時期を超えて、何でか知らないけど今日も生きてるし、お金はないし、絶望する機会の方が多いのに、まだ生きてるって思うと、死ぬのなんてもったいねえなって思えてきて、いつの間にかヤバイところまで来てる。もういつでも死ねるし、それこそ、何もかも失ったときだなって思う。でもまだ何も失ってないからさ。バンドやめたって俺は一人でも音楽が作れるし、絵だって描ける。上手い下手はともかく、楽しみがある。マンガも音楽も映画も新作はどんどん出るし、娯楽があれば生きる意味なんて無意味でいいと思ってる。
せいか、わからないが、たまに距離感を間違える。人と接する時の距離感、実は落ち込んでる時の方がはっきりとわかってるんだろうなって思う。だからたぶん健常者はメンヘラにイライラするところがあるし、いつまでもクヨクヨと傷の舐め合いをするのが、見てられないし、当事者はそれに甘えている。言い方、悪いのかもしれないけど、俺はそういう時期もメンヘラってマジキモイと思いながらメンヘラしてたし、そういうもんだろ。甘やかしすぎてたのかなと思ってたけどそれも今思うと違うよな。それがないともうキツいんだ。
救いみたいな。今でも求めてるかもしれない。人の代わりに、純粋に糖分を。
他人にはぼくはもう多くは望まない、多少いいことされたら嬉しい、多少ひどいことされたら、悲しい、けど人間がいつでも自分にとって正しいことなんてないから、そういうもんだと思うようにしている。